東京地方裁判所 昭和36年(ワ)374号 判決 1963年5月27日
判 決
東京都品川区西戸越二丁目八七八番地
原告
目黒清次郎
右訴訟代理人弁護士
青柳健三
東京都中央区八重州六丁目七番地
被告
株式会社巴弘告社
右代表者代表取締役
黒崎城平
右訴訟代理人弁護士
浜田三平
同
用松哲夫
同
宮島優
右当事者間の昭和三六年第三七四号解雇予告手当金、退職金附加金請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者双方の求める裁判
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金一一七、五四三円および内金九七、三三八円に対する昭和三六年二月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。
第二 請求の原因
一 原告は昭和二九年九月一日被告会社に入社し、外勤社員として勤務していたが、被告会社は、昭和三四年一月二〇日原告に対し同日限り解雇する旨の意思表示をした。
二 よつて原告は、被告会社に対し、予告手当、付加金および退職金ならびに予告手当および退職金に対する昭和三六年二月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
予告手当、付加金および退職金の額は、それぞれ次のとおりである。
(一) 予告手当 解雇当時における原告の平均賃金は金六七三円五〇銭であるから、予告手当は、その三〇日分にあたる金二〇、二〇五円である。
(二) 付加金 付加金は、労働基準法第一一四条の規定により、右予告手当と同額の金二〇、二〇五円である。
(三) 退職金 原告はその勤続年数四年四月に達し、かつ解雇当時の本給は金一七、八〇〇円であつたから、就業規則第六一条により、その退職金は右本給に勤続年数(端数は月割計算)を乗じた額、金七七、一三三円である。
第三 被告の答弁および主張
一 答弁
1 請求の原因第一項は認める。
2 同第二項中、平均賃金の額、退職金算定基準に関する原告の主張は争わない。
二 主張
1 原告は、昭和三二年一〇月二二日被告会社の得意先たる日本英学院から集金した金一一五、七七九円をその頃費消横領し、更にその後同じく得意先たる明治大学から、昭和三三年一一月二〇日金二五、三二〇円を、同年一二月一三日金二四、三五五円を集金し、その頃いずれも費消横領した。原告の右各所為は就業規則第三六条第二号の懲戒解雇事由「無断で会社の現金、商品、重要書類を持出し、又は横領したとき」に該当するので、被告会社は、昭和三四年一月二〇日原告に対し、懲戒解雇の意思表示をしたのである。
2 本件解雇は原告の責に帰すべき事由に基くものであるから、被告会社は原告に対し予告手当を支払う義務はなく、したがつて付加金を支払う義務もない。また、懲戒解雇であるから、就業規則第六一条第六号により、退職金を支給すべき義務もない。
なお、被告会社は、昭和三四年三月一四日中央労働基準監督署長に対し、労働基準法第二〇条第一項但書、同法施行規則第七条による予告手当除外認定を申請し、同月二〇日その認定をも得ている。
第四 被告の主張に対する原告の答弁および反論
一 原告が被告主張の金員を横領した事実および被告会社が中央労働基準監督署長に対し、その主張のとおり予告手当除外認定を申請し、その認定を得たことは認める。
二 しかしながら、就業規則第三四条第三号によれば、懲戒解雇は「行政官庁の認定を得て後行なう」旨規定されているから、事前に予告手当除外認定を得ることが懲戒解雇の有効要件である。したがつて、事前に右認定を経ないでした本件解雇は、懲戒解雇としての効力がなく、あくまで普通解雇である。
第五 原告の反論に対する被告の答弁
就業規則に原告主張の規定があり、「行政官庁の認定」とは予告手当除外認定の趣旨であることは認めるが、右認定をもつて懲戒解雇の有効要件としたものではない。
第六 証拠(省略)
理由
一 被告会社が昭和三四年一月二〇日原告に対して同日限り解雇する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがないが、原告は右解雇はいわゆる普通解雇であると主張し、被告は懲戒解雇であると争うので、まずこの点について判断する。
原告が、被告主張のとおり被告会社の金員を費消横領したことは当事者間に争いがなく、右所為は成立に争いのない甲第二号証の就業規則第三六条第二号の懲戒解雇事由に該当することは明らかである。しかして、(証拠―省略)を総合すると、次のとおり認められる。すなわち、被告会社は、昭和三二年一〇月原告が日本英学院からの集金一一五、七七九円を横領した際は、原告から被害の弁済をする旨の申出もあつたので、再びかような不正行為をしたときは懲戒解雇する旨を警告するにとどめ、何らの処分をもしないこととした。ところが、昭和三四年一月中旬頃、原告が再び明治大学からの集金四九、六七五円を横領した事実が判明したので、被告会社は、役員会の議を経た上、かねて警告していたところに従い、原告にその理由を告げて懲戒解雇するに至つたことが認められる。
成立に争いのない甲第一号証の失業保険被保険者離職票の離職事由認定関係事項欄には「勤務成績不良に付解雇」と記載されており、それによると本件解雇はいわゆる普通解雇のようにも見えるが、証人五十嵐敬治の証言によれば、右記載は総務課長五十嵐敬治が原告の将来を考慮し、同人が更に他に就職する場合等に不利益を被らないようにとの親切心から、事実に反してしたものであることが明らかであるからかような記載があるからといつて、前記認定の妨げとなるものではない。また、前記認定に反する原告本人の供述は信用することができない。
二 ところで、被告会社の就業規則第三四条に懲戒解雇は「行政官庁の認定を得て後行なう」旨の条項があり、右条項に「行政官庁の認定」とは労働基準監督署長の予告手当除外認定を意味することについては、当事者間に争いがない。しかして右法条の律意は、同法第一一四条、第一一九条等の制裁規定と相いまつて使用者の恣意的な解雇を行政的に監督防止するにあり、右除外認定をもつて即時解雇の有効要件とした趣旨ではないと解するのが相当であるけれども、これと別に就業規則において懲戒解雇の効力を右除外認定の有無にかからせる趣旨の規定を設けることはもとより差し支えなく、かような就業規則の規定は、解雇の自律的制限として使用者を拘束するものというべきである。これを本件についてみるに、前示就業規則第三四条は、単に前記法条と同一の趣旨を再言したというにとどまらず、とくに懲戒解雇の事前に除外認定を要する旨を明示したものであつて、それにより懲戒解雇権の恣意的な行使から従業員の地位を保障する趣旨とみられるから、これと異なる慣行等特段の反対事情が認められない限り、除外認定を経ないでした懲戒解雇は無効と解するのが相当である。前認定の懲戒解雇の以前に除外認定を得ていない事実は被告の争わないところであるから、右解雇の意思表示は当時その効力を生じなかつたものといわなければならない。しかしながら、その後被告会社が昭和三四年三月一四日中央労働基準署長に対し予告手当除外認定の申請をし、同月二〇日その認定を得ていることは当事者間に争いがないところ、前示就業規則の規定が設けられた趣意に徴すれば、被告会社においてとくに即時の解雇を固執する趣旨でない限り、右認定後更めて懲戒解雇の意思表示をなすまでもなく、右認定を得た時にさきにした懲戒解雇の意思表示はその効力が生じたものと認めるのが相当である。
しかして前記原告の横領は労働基準法第二〇条第一項但書の「労働者の責に帰すべき事由」に該当するものというべきであるから、被告会社は右解雇につき予告手当を支払う義務はなくしたがつて付加金支払を命ずる前提要件をも欠くので、予告手当および付加金の支払を求める原告の請求は理由がなく、また、前記就業規則第六一条第三号によれば懲戒解雇の場合には退職金は支給しないこととなつているので、退職金の支払を求める原告の請求も理由がない。
三 よつて原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第一一部
裁判長裁判官 橘 喬
裁判官 吉 田 良 正
裁判官 三 枝 信 義